ほんとうの強さは、何も持っていなくても「在る」こと

持っているもので自分の価値を測るのは、終わりのない地獄です。

肩書き、収入、人脈、フォロワー数、子どもの学歴、夫の勤め先。私たちはそういう「外側のもの」に値段をつけて、自分をランクづけしてきました。

同窓会に行けば、だれがどこに勤めているか、子どもがどこの大学に入ったか、マイホームのローンはもう終わったか、そんな話ばかり。楽しかったはずなのに、帰り道にはどっと重たくなっている。

ママ友の集まりでも同じです。「うちの子、〇〇高校に受かったの」と聞いた瞬間、心がざわつく。表向きは「すごいね」と笑いながら、帰り道に自分の子どもと比べてしまう。あの人の夫は優しそう。あの人の家は広い。あの人はいつもきれいにしている。

そうやって比べるたびに、自分が薄っぺらくなっていく感覚がありませんか。

けれど、冷たい事実を言います。それらは全部、いつか変わるもの。なくなるもの。肩書きは退職した瞬間に消えます。収入も、健康も、人間関係も、永遠に同じではいられない。そこに自分の価値を置いていたら、それが失われた瞬間、自分自身まで失います。

会社を辞めたら、自分は何者でもなくなるのか。子どもが独立したら、自分の存在意義はなくなるのか。夫との関係が変わったら、自分はひとりでは立っていられないのか。

そんなはずがない。

ほんとうの強さは、外側にはありません。いま、ここに「在る」ということ。その中に、すでにあるんです。

目次

うらやましいと感じなくなったら、それが証拠

その力に気づいている人は、自分を大きく見せる必要がありません。だから、ほかの人のすごいところも、すなおに「いいな」と思える。うらやんで自分を小さく感じることもない。

嫌われたくなくて選んでいた選択肢を全部捨てたら、残ったのは自分が好きなものだけだった。「普通はこうする」に従うのをやめたら、自分の正解が見えてきた。

逆に言えば、だれかを見て胸がざわつくときは、まだ「外側のもの」で自分を測っている証拠です。あの人のほうが輝いている、あの人のほうがうまくやっている——そう感じるたびに、自分が小さくなっていく。

けれど、それに気づけた時点で、もう変わり始めています。気づかないまま比べ続けている人は、ざわつきにすら気づきません。ざわつきを感じられるのは、あなたの中に「そうじゃない自分」がいるからなんです。

自分軸とは、わがままになることではありません。他人の正解ではなく、自分の正解を生きること。それだけのことです

「あの人と同じ道を歩かなきゃ」と思う必要はない。道はひとつじゃない。あなたの道は、あなたにしか歩けない。そこに気づいた瞬間、他人の道がどんなに華やかに見えても、もう揺れなくなります。

誰かに認められなくても、自分が納得していればそれでいい。そう思えた瞬間、肩の荷が一気に降ります。

満たしてくれる「だれか」を、もう待たなくていい

私たちは長い間、だれかに満たしてもらうことを待っていました。

夫に認めてほしい。子どもに感謝してほしい。友人にわかってほしい。上司にちゃんと評価してほしい。母親に、一度でいいから「がんばったね」と言ってほしかった。

その期待が叶わないたびに、「自分には価値がないのかもしれない」と感じてきた。何十年もそうやって生きてきたんです。無理もありません。私たちはずっと「だれかの反応」で自分の価値を確かめてきたのだから。

けれど、ちょっと考えてみてください。仮に期待どおりの言葉をもらえたとして——その満足感は、いつまで持ちますか。一日ですか。三日ですか。一週間もすれば、またもとに戻る。すぐに「もっと認めてほしい」「もっとわかってほしい」が始まる。

外から注がれるものでは、永遠に満たされないんです。底に穴が空いているバケツに水を注いでいるようなもの。だれが何を注いでくれても、穴をふさがない限り同じことのくり返しです。

穴をふさぐとは——自分で自分を認めること。「私はこれでいい」と、だれの許可もなく決めてしまうこと。

満たしてくれるだれかを待つのをやめたとき——気づくんです。自分で自分を満たせると知った今、もう待つ理由がない、と。

期待に応えるのをやめても、世界は壊れなかった。まわりの人が離れるかと思ったけれど、ほんとうに大切な人は残った。離れたのは、最初からつながっていなかった人だけだった。むしろ、ようやく自分の人生が始まった気がした。

機嫌を他人に握らせないと決めた日から、ずいぶん生きるのが楽になった。満たされてないんじゃない。だれかに埋めてもらう前提を、もう持っていないだけなんです。

あなたの中のたからものに、もう気づいていい

何も持っていなくても、何も成し遂げていなくても、あなたはここにいる。

50年以上、生き延びてきた。泣いた夜もあった。逃げ出したい朝もあった。だれにもわかってもらえないと感じた日もあった。自分なんかいなくてもいいんじゃないかと思った夜もあった。

それでも、朝が来て、起き上がって、今日もここにいる。

それ自体が、もう十分な強さなんです。

あなたの中には、たからものが眠っています。外にさがしに行く必要はありません。それは、いつでもここにある。

今日、ひとつだけ。「普通はこうする」ではなく、「私はこうしたい」を選んでみてください

人の正解を生きるのは、今日で終わりにしていい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

本音と直感を整える人。50代。会社員時代に人間関係で心と体を壊し、ノート・アロマ・瞑想で自分を取り戻しました。その経験から、40〜50代女性に向けて「もう、頑張らなくていい」を静かに届けています。

コメント

コメントする

目次