昔の私が自分のためにお金を使えなかった理由

昔の私は、家族のために使うお金には、あまり迷いがありませんでした。

子どもの習い事。
家族に必要なもの。
暮らしの中で欠かせないもの。

そういうものには、「必要だから」と自然にお金を払えていたのです。

けれど不思議なくらい、自分のためになると迷っていました。

本当は必要だと思っている。
あった方がいいとわかっている。
それでも、いざ自分のためにお金を使おうとすると、どこかでブレーキがかかる。

「今の私には贅沢かもしれない」
「本当にそこまで必要なの?」
「もう少し後でもいいかもしれない」

そんなふうに、自分に対してだけ厳しくなっていた気がします。

今振り返ると、あれはただの節約ではありませんでした。
自分のために使うことに、どこか許可が出せなかったのだと思います。

目次

家族のためには使えるのに、自分のためだと迷っていた

家族のものは買えるのに、自分のものになると急に迷ってしまう。
昔の私には、そんなところがありました。

必要な洋服でも、少し後回しにする。
心が整うものが欲しくても、「今じゃなくていい」と思ってしまう。
本や学びのための出費も、「本当にそこまで必要なのか」と何度も考えてしまう。

誰かのためなら出せるのに、自分のためだとためらってしまう。

この感覚は、よく考えると少し不思議です。
本当に必要かどうかというより、“自分のために使うこと”そのものに抵抗があったのだと思います。


必要なものなのに、「贅沢かも」と感じていた

高すぎるものではない。
無駄なものでもない。
ちゃんと意味があるとわかっている。

それなのに、自分のためだと「贅沢かも」と感じてしまう。

あの頃の私は、必要なものまで贅沢のように感じていました。

たとえば、少し学びたいことがあっても、
「無料でできることがあるかもしれない」
「まだそこまでしなくてもいいかもしれない」

と、自分に言い聞かせてしまう。

でもそれは、冷静な判断というより、
自分にお金をかけることへの遠慮だったのかもしれません。

自分を大切にするための出費なのに、
どこかで「私はまだそこまでしなくていい」と思ってしまっていた。
それは、お金の問題というより、自己価値の問題に近かったように思います。


子どもの学びには迷いなく払えたのに、自分の学びには迷っていた

私の中で、特に大きかったのは「学び」に対するお金でした。

子どもの習い事には、迷いなく払えていました。
成長のために必要なこと。
未来につながること。
そう思えば、自然に出せたのです。

でも、自分の学びになると違いました。

本当に必要なのか。
今の私にそこまで必要なのか。
もっと先でもいいのではないか。

そんなふうに、何度も迷っていました。

今思うと、それは学びを軽く見ていたわけではありません。
むしろ逆で、自分に向けることだけが難しかったのです。

子どもが成長するための学びには価値を感じていたのに、
自分が成長するための学びには、どこかでブレーキをかけていた。

つまり私は、
人を育てることにはお金を使えても、自分を育てることには躊躇していたのだと思います。


その奥にあったのは、「私は後でいい」という感覚でした

なぜそんなふうになっていたのか。
今なら少しわかります。

私は長いあいだ、自分を後回しにすることに慣れていたのだと思います。

家族のことを先にする。
子どものことを優先する。
自分のことは後で考える。
まずは周りが満たされてから。

それは一見、やさしさのようにも見えます。
でも、その積み重ねの中で、
私は自分に対して
「あなたは後でいい」
と言い続けていたのかもしれません。

その感覚が、そのままお金の使い方にも出ていた。
だから必要なものなのに迷っていたし、
本当は欲しいものなのに「贅沢かも」と感じていたのだと思います。


でも今は、自分を育てるお金こそ大切だと思っています

そんな私も、今は少しずつ変わりました。

今は、自分のためにお金を使うことを、以前ほど怖いとは思いません。
むしろ、自分を育てるためのお金こそ大切だと思っています。

学ぶこと。
視野を広げること。
考え方を深めること。
心を整えること。
自分のこれからの人生を、よりよくしていくこと。

そういうことにお金を使うのは、贅沢ではありません。
逃げでも、甘えでもありません。

自己投資は、自分を大切にする行為そのものなのだと、今は思います。

誰かのために使うお金も大切です。
家族のために使うお金も、もちろん大切です。
でも、それと同じように、
自分を育てるために使うお金も大切にしていい。

今の私は、そう思えます。


自分のために使うことは、わがままではありません

昔の私は、自分のために使うことに、どこか後ろめたさを持っていました。

でも今は、それが違っていたとわかります。

自分のために使うことは、わがままではありません。
自分を甘やかすことでもありません。
むしろ、自分を雑に扱わないために必要なことです。

必要な学びにお金を使うこと。
心が整うものを選ぶこと。
自分の成長につながることを後回しにしないこと。

それは、自分の人生をちゃんと生きるために必要なことでした。


最後に

昔の私は、家族や子どものためには迷わずお金を使えるのに、
自分のためになると迷ってしまう人でした。

必要なものなのに「贅沢かも」と感じる。
本当に必要だと思っているのに、「今の私にはまだ早い」と引いてしまう。
そんなふうに、自分にだけ遠慮していたのだと思います。

でも今は違います。

誰かのために使うお金だけでなく、
自分を育てるお金も大切にしていい。
今はそう思えます。

そして今の私は、自己投資がいちばん大切だと思っています。

なぜなら、自分が整い、自分が育ち、自分が満たされてこそ、
その先にある言葉も、行動も、人生も変わっていくからです。

もう、自分を後回しにしない。
もう、自分の学びを「贅沢」とは思わない。

これからは、自分を育てることに、
ちゃんとお金を使っていきたいと思っています。


🌙月城凛音

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この記事を書いた人

本音と直感を整える人。50代。会社員時代に人間関係で心と体を壊し、ノート・アロマ・瞑想で自分を取り戻しました。その経験から、40〜50代女性に向けて「もう、頑張らなくていい」を静かに届けています。

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