「病気はギフト」と聞くと、きっと違和感を覚える方もいると思います。
苦しいものは苦しい。
つらいものはつらい。
病気を軽く見るつもりは、まったくありません。
それでも、振り返ったとき、私にとって病気は、人生の大切なことを教えてくれた出来事でした。
無理をし続けていたこと。
本音を押し込めていたこと。
自分よりも、いつも誰かを優先していたこと。
体が止まったからこそ、私はやっと立ち止まることができました。
今日は、そんな私自身の体験を、静かに書いてみようと思います。

私はずっと「大丈夫なふり」をしていました
長い間、私は「大丈夫な人」でいようとしてきました。
ちゃんと働くこと。
周りに気を配ること。
期待に応えること。
嫌なことがあっても、波風を立てないこと。
それが当たり前だと思っていました。
職場では人間関係に悩み、気を遣いすぎて、心の中はいつも張りつめていました。
でも、誰にも本音は言えませんでした。
「私が悪いのかな」
「もっと頑張らなきゃ」
「ここで弱音を吐いたら迷惑をかける」
そんなふうに、自分を励ますというより、自分を追い込む言葉ばかりを繰り返していた気がします。
今思えば、あの頃の私は、心がずっと無理をしていました。
病気をきっかけに、自分の本音に気づいた
病気はつらいものです。
苦しいし、不安にもなります。
だから、誰にとっても「ギフト」だと言いたいわけではありません。
でも、私にとっては、病気が人生を見直すきっかけになりました。
止まらなければ、私はきっと、まだ無理をしていたと思います。
立ち止まらなければ、自分の本音に気づけなかったと思います。
「もう、誰かの期待だけで生きなくていい」
「もう、無理して笑わなくていい」
「まずは、自分を大切にしていい」
そんなことを、体が教えてくれました。
だから私は今、病気そのものが良かったと言いたいのではなく、
病気を通して、自分の生き方を見直せたことがギフトだった
と思っています。

心を整える小さな習慣が、私を戻してくれた
そこから少しずつ、私は自分を整える時間を持つようになりました。
ノートに気持ちを書くこと。
アロマやお香の香りに包まれること。
散歩をしながら、風や景色を感じること。
目を閉じて呼吸を整えること。(後に瞑想につながります。)
自分にやさしい言葉をかけること。
どれも小さなことです。
すぐに劇的に変わるわけではありません。
でも、小さなことだからこそ、弱っているときでも続けられました。
そうやって少しずつ、私は「人のため」ではなく「自分のため」に生きる感覚を取り戻していったのです。
病気にならなくても、立ち止まることはできる
私は、自分が病気になったことで多くのことに気づきました。
でも本当は、病気になる前に気づけたらよかったとも思います。
だから今、もしあなたが
- なんとなく疲れが抜けない
- 人に会うだけでしんどい
- 本音がわからない
- ずっと無理している気がする
そんな感覚を抱えているなら、どうかそれを軽く流さないでください。
それは、甘えではなく、
少し休んでほしいというサイン
かもしれません。
病気にならなくても、立ち止まることはできます。
壊れてから変わる必要はありません。
今日ほんの少しでも、自分のための時間を取ってあげてください。

最後に
病気はつらいものです。
決して簡単に「良かった」と言えるものではありません。
それでも私は、あの経験があったからこそ、今こうして自分の本音に耳を澄ませる生き方に戻ってくることができました。
もし今のあなたが、ずっと頑張り続けていて、少し苦しいなら。
どうか、自分の心と体の声を無視しないでください。
あなたがあなたを大切にすることは、わがままではありません。
まずは今日、深呼吸をひとつ。
そして、少しだけ自分にやさしくしてあげてください。
もし同じように、ずっと無理をしてきた方がいたら、この記事が少しでも心をゆるめるきっかけになりますように。




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