家族のためには動ける。人には気を回せる。けれど、自分が受け取る番になると落ち着かない。その感覚の奥にあったものは、「優しさ」ではなく、自分を小さく扱う癖でした。
昔の私は、人に何かをしてあげることには、あまり迷いがありませんでした。
家族のために動くこと。
相手が喜びそうなものを選ぶこと。
困っている人に手を差し伸べること。
そういうことは、ごく自然にできていたと思います。
けれど、自分が何かを受け取る側になると、なぜか落ち着きませんでした。
親切にされると申し訳なくなる。
褒められると、すぐに打ち消したくなる。
何かをもらっても、素直にうれしいと言いきれない。
お金だけではなく、好意や優しさまで、どこか居心地が悪かったのです。
当時の私は、それを性格だと思っていました。
遠慮深いだけ。
出しゃばらないだけ。
慎ましいだけ。
そんなふうに思っていたのです。
でも今振り返ると、あれはただの性格ではなく、受け取ることへの不慣れさだったのだと思います。

与える側にいると、安心だった
役割がはっきりするから、居場所があった
与える側にいるときは、どこか安心できました。
自分の役割がはっきりするからです。
何をすればいいのかがわかる。
相手のために動いていれば、自分のことを考えなくてすむ。
そこには、ある意味で居場所のようなものがありました。
受け取る側になると、不安になった理由
逆に、受け取る側になると不安になりました。
こんなにしてもらっていいのだろうか。
私は何も返せていないのに。
そこまでしてもらうほどの人間だろうか。
そんな思いが先に立って、せっかくの好意を、まっすぐ受け取れなかったのです。

受け取れない人は、自分に価値を渡せていない
「私はそこまでしなくていい」という見えない制限
今なら少しわかります。
私は長いあいだ、自分は与える側でいる方が安全だと思っていたのだと思います。
受け取るということは、
相手の好意を認めることでもあり、
同時に、自分にもそれを受け取る価値があると認めることでもあります。
でも昔の私は、それが苦手でした。
自分のことは後でいい。
私はそこまでしなくていい。
もっと大変な人がいる。
もっと頑張っている人がいる。
そうやって、自分が受け取ることに、見えない制限をかけていたのだと思います。
それは優しさではなく、自分を小さく扱っていた感覚
だから、与えることはできても、受け取ることだけが難しかった。
それは優しさというより、どこかで自分を小さく扱っていた感覚に近かったのかもしれません。

お金の不安とも、つながっていた
受け取れないことと、自分に使えないことは同じ構造
この感覚は、お金の使い方にも出ていました。
誰かのためなら使えるのに、自分のためになると迷う。
必要なものでも、「今の私にはまだ早い」と思ってしまう。
学びや癒しのためのお金にも、どこか遠慮がありました。
それも結局は同じだったのだと思います。
受け取ることが苦手な人は、
自分に与えることも苦手です。
何かを差し出されても遠慮してしまう。
自分で自分に渡すことにも、ためらいがある。
そうして、必要なものまで後回しにしてしまう。
受け取れないことと、自分に使えないことは、私の中でつながっていました。

今は、少しずつ受け取れるようになった
受け取ることは、自分をこの世界に存在させること
でも今は、以前よりずっと自然に受け取れるようになってきました。
親切にされたら、「ありがとう」と言う。
褒められたら、すぐに打ち消さない。
必要な学びや、自分を整えるためのものには、お金を使っていいと思える。
そんな一つひとつは小さな変化ですが、私にとってはとても大きなことでした。
受け取ることは、甘えではありません。
弱さでも、図々しさでもありません。
それは、自分をちゃんとこの世界に存在させることなのだと思います。
与えることだけで生きていくのではなく、
受け取ることも許してあげる。
それができるようになって、私は少しずつ楽になりました。
与えることのできる人こそ、受け取ることを覚えていい
与えることはできるのに、受け取ることだけが苦手。
もしそんな感覚があるなら、それはあなたの優しさだけでできているのではないかもしれません。
もしかしたらその奥には、
自分は後でいい、
自分はそこまでしなくていい、
という長い癖が隠れているのかもしれません。
でも、受け取ることは悪いことではありません。
好意も、優しさも、学びも、豊かさも、受け取っていい。
明日、誰かに褒められたら、
打ち消さずに「ありがとう」と
言ってみてください。
誰かに親切にされたら、
「すみません」ではなく
「ありがとう」と言ってみてください。
たったそれだけのことが、
受け取る練習の第一歩です。
与えることのできる人こそ、
受け取ることも覚えていい。
その方が、もっとやわらかく、もっと自然に生きられるのだと思います。
🌙月城凛音


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